Friday, May 26, 2017

RANGER 17 Soldiers

第1師団 第1普通科連隊
   第25期レンジャー集合教育課程
                                  
                              修了者17名
                        
( 終了式後、1普連隊舎前にて )



昭和63年4月1日より開始された
約3ヶ月の部隊レンジャー教育訓練。

当初、同教育に参加した各部隊より
選抜された学生は20名。

終了時には画像のとおり。

17名の新たなレンジャー隊員が
誕生したのです。


この写真で残念なのが皆々の足元。

前夜に、鏡の如く顔が映るくらい
磨き上げた短靴も砂埃で真っ白。

終了式でレンジャー徽章を授与される
駐屯地内の営庭( グラウンド )は
やはり土ですので。

ちなみに、前列中央が当時の私。

やはり年月を感じます。

全ての画像は29年前の写真を
撮影しました。

心なしか、いや色褪せています、、、。


















90日間に亘る訓練課程は、前半が
以上の様な体力訓練および様々な
専門分野の知識や技能の修得。

その大半を体力の練成に費やします。

これが体力調整、略して体調。

それは激しいまでの。

あえて申せば、時に理不尽なまでに。

此度、全画像ともに控えめな画像を
掲載しました。

生存、いわゆるサバイバル訓練などは
とてもとても。

新入隊員の教育でもこの程度やるのかな、
なみで伝わっていても構いません。

実際に経験した者でないと分らない。

で良いのです。

こればかりは。


やっとの思いで基礎訓練を終えれば、
瞬きする間も無く後半の実戦訓練へ。

実際の特殊作戦、及び戦闘を想定し
生存自活の日々が待ち受けます。

その地は山梨の富士演習場、そして
周辺にそびえる各山麓。

ヘリボーンでの現地潜入です。


レンジャーの主たる任務は、
有事の際でも常に隠密。

戦闘は極力回避。

やむを得ない場合のみです。

決して逃げ腰なのではありません。

最悪は徒手格闘、刃物等の無音武器で
隠密処理を行うまで。

嫌という程、その為の訓練を受け
体に染み込ませてきました。

人知れず行動し、与えられた命令を
遂行して何事も無く帰還する。

それが第一条件。

それがレンジャーです。


左手前は私になります。

想定訓練も中盤かと。

まだまだ元気そうですね。

正直、厳しさは相当なもの。

ただし、ここからが本番なのだと。


こちらも一番手前が私。

潜伏中に小休止した際の一コマ。

写真自体が私だけぼけています。

そしてこの表情。

まるで生気を失っている様です。

ほぼ不眠不休。

顔に迷彩を施すドーランも剥げ落ち、
もはや塗り直す気力さえ、、、。

そんな状況のなかでも、異様なまでの
眼差しです。

この時、自身はいったい何を思い
感じていたのでしょう。


教育前半での、それは熾烈を極めた
体力練成。

他の訓練も同じく。

全てはこの為に。

もはや懐かしく感じてしまいます。

実戦訓練に比べれば遊びに等しかった。

本当に。

それでも、想定は続くのです。


その後も各想定を決死の覚悟で
対峙する日々。

時日の感覚も次第に薄れだした頃、
気が付けば後半最後の大一番。

いよいよ最終想定。

ひときわ長い日数を要します。

この任務を果たさなければ、
終わりはありません。


想定を控え、出撃前には出陣式。

一つの盃に酒を注がれ、順に各員
飲み交わします。

最後に学生長が飲み干し、その盃を
地面に叩きつけ。

いざ出撃。

皆々、夜の帳が下りた山間部へと
姿を消してゆくのです。


最終想定での極秘任務を全うし、
離脱経路を気を失うまでの走歩。

映画のようなヘリの待つ、いやいや
車両が待機する合流地点へ辿り着き。

富士の峰峰に別れを告げます。

車両に揺られながらも睡眠は厳禁。

教官助教の目が、ここでも光ります。

何故なら寝たら最後。

数日は起きれない事でしょう。

決して大袈裟ではありません。


どれ程の時が経過したでしょうか。

駐屯地の手前で車両は停止。

ここからは一般の公道をハイポートにて
練馬駐屯地へ。

演習場または基地以外で、この様な姿を
披露する事はまずありません。

川越街道を小銃を両手に走りながら、
ようやく現実へと呼び戻されます。

正門を通過すると、爆竹等の
出迎えを受け。

本当に沢山の方々が、我々の凱旋を
待ちわびていました。

そして向かうは、第1普通科連隊
本部前。


連隊本部へと到着。

既に待機されていた連隊長へ、
学生長が帰還報告。

連隊長よりねぎらいの言葉を
かけていただき。

そして女性自衛官の方が
赤いバラを皆々に。

帰ってきました。

いや、戻ってこれました。


直後の記念撮影。

皆、放心状態ではあるものの、
気力を振り絞っての笑顔です。

一ヶ月近くに及ぶ実戦訓練。

想像を絶する、等々の言葉では容易に
かたづける事は出来ない。

常軌を逸していた日々であった事は
紛れもない事実です。

それは此度のレンジャー教育期間、
全てに同じ想いであるとも。



レンジャー教育から29年。

17名のうち、自身を含め7名が退職。

残り10名は現役です。

が、一昨年には、ついに我が期では
初となる定年退職をされた方が。

当然ですね。

私より後輩になる若い同期の方でさえ、
皆50代になるのですから。

階級によって異なりますが、自衛官の
定年年齢は55歳前後。

今後も数名ずつ、年を重ねるごとに
定年を迎える事となるのです。

そんな25期レンジャーは、卒業以来
同期会を実施。

29年間、毎年です。

そんな期は我々しかありません。

全員が集合する事は出来なくとも、
これからも続くでしょう。

たとえ現職の皆さんが全員、定年を
迎えられたとしても。

写真は色褪せようとも、当時の記憶は
代え難い経験、誇りと共に昔のまま。

何にも屈せず堅固な金剛石が、17名の
胸に埋め込まれているのですから。



                                                                 

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